Monday, March 05, 2007

春の星

 夕食のおかずを買いに、近所のスーパーまで歩く。スーパーの隣にある花屋の前で立ち止まって、「あの紫色の花、なんだろう」と、僕に尋ねるのと独り言の中間のような声が隣でした。なんだろうね、と行って花に歩み寄る。 あれはフリージアだよ。…いや、ごめん、違った。スターチスだ。小さくて、乾いた花だよ。「最近花が気になってね。色が綺麗だし。あんな紫色で。枯れちゃうのに。」

 いつのまにか春が来たみたいだ。東京の空気もいっぺんに温かくなった。春の空気の重さ、春一番が吹いて、梅の花がほころび、沈丁花の濃い匂いがたちこめ、木蓮の花が重い花弁を開いた。外は雨が降っている。温かい春の雨だ。春の風がずっと吹いてる。この風は変わらずにあらゆるものを萌えさせる。この時期はすべてがあっという間に過ぎて行く。鮮やかな色と匂いを残して。

 何度も春を生きて来た、という実感が、僕の体の中からじわじわとにじみ出て来る。25回目の3月を迎えている。たくさんの花を見て来た。たくさんの匂いを嗅いだ。たくさんの風に触れた。見えなかったもの、感じれなかったものが、新しく春を迎えた自分の目に、全て新鮮で新しく、懐かしく、美しいものに思える。また会えたね。

 今年で30になる恋人は、この世界をどう受け止めて来たのだろうか。 何を見て何を感じて来たのだろうか。まだ25年しか生きて来ていない自分とは違う世界を生きて来たのだろう。それは決して埋められない溝ではある。けれども悲しむべき距離ではない。決して届かない、遠くの星のようだ。遠い向こうの生命の予感。夢、希望そのものだ。

 紫色のスターチスを思い出す。二人でそれを眺めてた日を思い出す。
 僕はこの記憶があれば、死ぬまでずっとまっすぐ生きていられる。死ぬ瞬間にも笑っていられる。何度も何度も繰り返し思い出すだろう。

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