Tuesday, June 19, 2007

暗闇からの叫び (メモ)

 「それで私も目が覚めたのよ」と母は言いながら煙草を一喫いした。「お婆ちゃんは悪い夢を見てたのよ」

 私にもそれが聞こえたのだろうか、私もそれで目が覚めたのだろうか。「何の夢だったか言ってた?」と私は聞いた。

 母は煙を吐いて、首を横に振った。言わなかった、という意味なのか、その話はしたくない、という意味なのか。

 何年ものあいだ、母は私を悪い夢から起こしてくれたが、あとになって私たちはそのことを一度も話題にしなかった。母が起こしてくれて、抱きかかえて、ただの夢よ、もう大丈夫よ、終わったのよと言ってくれたのを私は覚えている。すごく小さかったころのはどんな夢だったか訊かれた覚えもあるけれど、そのうちに母はもう訊かなくなった。「ただの夢よ」と母は私に言うのだった。「ただの夢よ、もう終わったのよ」と。

 何年か経って、今度は私が、悪い夢を見ている母を起こしてやるようになった。もしかしたら何年も前からそうだったかもしれないが、中学生のときに私は初めて、眠っている最中に母が叫び声を上げることに気がついた。父はもう出て行ったあとだったし、兄と姉も大学に上がって家を離れていた。母と私は小さなアパートメントに引っ越した。母の部屋は私の部屋から廊下をはさんで向かいに合った。母が叫ぶのが聞こえると、私はベットから飛び出し廊下を超えて母のもとに飛んでいき、部屋の灯りを点けて母を抱きかかえ、「もう終わったのよ、ただの夢よ、終わったのよ、もう」と言った。母の目は恐怖にぎらぎら光り、顔には斑点が浮かんでいた。そこにいるのが、何のことはない、私だと気付くと、母は自分の怯えをごまかそうとした。水を一杯持って来てくれないかしら、と母は私に頼み、私も言われたとおりにした。戻って来て、しばらくそばにいてあげようとしても、母はそうさせてくれなかった。そういう姿を私に見せたくなかったのだ。怖がってる姿を見せたくなかったのだ。

 だからその夜、自分の母親の家で、母が私に「あたしたちとおんなじ声出すのね」と言ったときも、何のことを言ってるのか私にはわかった。その声は、傷付けられた生き物の叫びだった。怖くて言葉のでない生き物の叫びだった。

 「暗闇が怖い」 レベッカ・ブラウン「若かった日々」より

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