Tuesday, March 07, 2006

花泥棒

 夜中にふと家を出て、コンビニに寄り、缶ビールを買って行く宛も無く、ふらふらと深夜の住宅街を徘徊する。
 終電にはまだ早い時間だが、このあたりは夜がほんとうに静かだ。人通りもなく、家の明かりも消えている。闇がしみ込んでいる。でもそれは不安ではなく、不思議な安心感がある。どこにもいかなくてもいい。いま、世界に取り残されている。

 ふと、花が欲しいと思った。きれいで小さな花。花が欲しい花が欲しい。こんなになにかを欲しい純粋に思ったのは、久しぶりだった。小さくて、いいにおいがする。優しく僕の手の中でうずくまって、夜にも消えない、明るい色を見せて。 
 花があれば、すべてをふっとばしてくれる。そんな気がしてたまらない。6畳一間の僕の部屋のテーブルの上に挿した一輪の花が、その自身の完璧さで調和している。そんなことを思い浮かべて興奮する。白い花か、小さな花。ちっぽけでも、そこにいると思わせてくれるような花。
 
 けれど夜の町を歩き回っても、花なんて咲いていなかった。花泥棒は未遂に終わった。軒下で、くすんだ重たい色の花を見つけたが、あまりに熟れすぎていたのでやめた。
 

0 Comments:

Post a Comment

<< Home