Tuesday, March 14, 2006

うそつき村の弁証法

 「つきあう人を選べ」とか、「人のいうことをきにするな」と言われて、そのたびに、あれ、僕、そんなふうに思われてるんだ、と思ってちょっと考え込んじゃう。

 そんなつまんない人間関係を浪費してるように見られてるのか、そもそもその言葉自体がいじわるなのか。

 あんまりよくわかんないんだけど、そういうこと言われるのって、いいことなのか、わるいことなのか。どっちを信用したらいいんだろう。


『うそつき村の話』
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 嘘つき村の村長さんがこう僕にいいました。「この村のもんは全員嘘つきじゃ!」

 んじゃ村長さん。あんたも嘘つき?

 この言葉通りだったら村長さんも嘘つきだから、嘘ってことは嘘で全員正直者になるよなー????

 村長さんが正直者だったら、この命題は成立しないよなー??????
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 この命題(うそつき村)が成立するには、その村の者以外が、嘘つき村を証明しなくてはいけない、という必要条件があるんだけど、

「人のいうことを気にするな」っていう言葉の「人」の中に、その言葉を言ったひと自身は入ってるよね。
 
 んじゃ、気にしなくていいのかなあ。
 

 
 と、まわりくどく考えたこと。


 ●1 「人のいうこと気にするな」と言った人には悪気はない。おそらく、(他人に振り回されてるように)思われたのだ。(正)

 ●2 しかし、「人のいうこと気にするな」が真実なら、この言葉も気にしなくてよい。(反)

 ●3 人のいうことを鵜呑みにせず、それは忠告として受け止め、かといって必要以上に「気にしない」ことにする(止揚)


 そもそも、僕が人を選ぶに値する人間であるならね・・・・・・・

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